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不思議の古代史ブログ版

風土記地名の謎を解く!「姫の国への道標」

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播磨国風土記(はりまのくにふどき)は、奈良時代初期(紀元八世紀)に編纂された播磨国の『風土記』です。
兵庫県南部の加古川・市川・揖保川・千種川の四つの流域について記されています。
ここで主として取り上げていくのは、「地名と地名伝承」です。


●風土記地名には当て字がある!

多くの風土記の解説書がありますが、風土記の地名漢字を当て字として捉えているものは見たことはありません。

風土記には多くの当て字が使われており、漢字の意味を解釈しても見当はずれの解釈にしかならない。
たとえば、「針間と播磨」・・いずれも「はりま」ですが、「針間」は美嚢の郡で、「播磨」は飾磨・賀毛の郡で使用され、「針間と播磨」の二つの漢字表記が出てきます。
ーが、この違いを漢字で解釈しても意味はないようです。
当時すでに「はりま」と発音していたものに「針間と播磨」が充てられたものらしい。
そしてそれは、美嚢の郡と飾磨・賀毛の郡の書き手が異なることを意味しているのではー。

つまり、風土記の原本は「漢字」ではなかったのではないかー。
こうして見ていくと、今までよく分らなかった多くの謎が解けていきます。

さらに、風土記の記述が多くの山上に存在する磐坐(いわくら)と結びつく。
多くの山上磐坐が神社の前身とされています。
風土記と神社伝承が結びつき、更に、山上の磐坐と結びついていくのです。

風土記記述の地名伝承には多くの創作があるらしい。
さらに、各地に伝わった地名伝承にも多くが後世の創作らしい。

地名伝承の多くはウソ話!らしい・・それがピラミッドラインから現われてきます。

本編は、播磨風土記⇔神社伝承⇔山上の磐坐を結び、真実の日本古代史に迫ろうとするものです。

姫路地名は「道程地名」だった。それは、姫路14丘地名伝承に現われてくる・・・八幡山16方位をベースにたどると謎が解けてくる・・・

この詳細は冊子版でどうぞ

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