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不思議の古代史ブログ版

八幡山はピラミッドか

●プロローグ

八幡山という名の山が、全国に数え切れないほど多くある。

しかし、百名山・二百名山と云われるような高山、つまり、標高の高い山には存在していない。
地域の近くにある小高い山の場合が多い。
そして八幡は、町の名前、集落の名前にも多くある。

八幡は関東では「はちまん」と読むが、関西では「やはた」と読む。

今は北九州市に合併した九州の八幡市は、やはた市だったが、滋賀県の近江八幡市は、近江はちまん市だ。
そして、八幡山には八幡神社が祀られていることが多い。
八幡神社とした場合には「はちまん」神社と読み、「やはた」神社とは読まない。
八幡山には、八幡神社が関係しているらしい。

兵庫県生野に存在した八幡山は標高七一五メートル、全体に高山が少ないこの地域では高い山の方だ。
この八幡山にも八幡神社が関係している。
そして、兵庫生野の八幡山は、どうやら古代のピラミッドだったらしい。


八幡山伝承

ー古来、地元ではこの山の頂上を仰いで明日の天気を予測したという。
山の頂上は、朝来市生野と神崎郡神河町の境界にあり、平成の合併までは、生野町・神崎町・大河内町三町の境界点になっていた。
東の山麓、当時の神崎町猪篠(いざさ)集落からは「八幡山」、生野町では「くぼ山」、大河内町北部の渕(ふち)方面からは「とんがり山」と呼ばれていた。

猪篠集落の氏神・八幡神社には、神社の前身が八幡山に祀られていたという伝承が伝わっている。
この八幡山伝承に着目して、八幡山を踏査した人物がいた。
昭和五十八年当時、猪篠地区長を務めていた中井義和である。


冊子発行の前年、彼は伝承を確認すべく八幡山を踏査した。
だが、彼はこのとき、「どやしき」らしい平坦地は発見できなかった。
ところがその代わりに、奇妙なものの存在に気づいた。


彼は、次のように記している。
ー南西方向から頂上にかけて十数メートルの間に、ひと抱えにあまる大石が十数個、あるいは、二~三個重なり向きを変えて単独で転がったりしている。二~三人の素手では動かせそうもない大きな石である。
よく見ると山石ではなさそうだ。表面がなめらかで明らかに川石である。その二~三個にくさび状の切り込みが入っている。
 しかし、この石は不思議である。石垣・礎石の類(たぐい)ではなさそうだ。
八幡神社の前身の痕跡を求めて登ってきたが、この石はそれ以前の、なんらかの原始信仰に関する痕跡なのかもしれない。 
中井は、このように奇妙な巨石の存在を記録し、下記のような写真を掲載していた。

これは何だろう?とー、
興味をもったのが八幡山に係わった最初だった。
この一ページに出会ってから十年ほどにもなる。
この中の八幡山がどこにあるのか、当時、地元で聞いても分からない。地図を入手して所在は確認したものの、さて、実際にどこから登るのかはっきりしない。
平成の現在、普通の人にとって山は遠い存在になってしまっている。

14hyoshi11.jpg詳細は⇒冊子「八幡山はピラミッドか」

 

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